【イントロダクション】
1970年2月。映画の道を志す比嘉常雄は二度目の東京の冬を迎えた。本土復帰前の沖縄から上京し、製本会社に勤めたが一年と続かなかった。今は子供の頃からの親友で大学生の悟の下宿に居候の身だ。日雇い労働とシナリオ学校に通う毎日だが満足できるものではなかった。常雄の実家は米軍キャンプ周辺にある米兵相手の売春バーだ。毎夜、酒を浴び娼婦を抱く米兵の喧嘩は小学生の常雄には耐えられなかった。
常雄の楽しみは映画だ。石原裕次郎や小林旭のスクリーンは別世界へと引き込んでくれる。常雄を見守ってくれるのは祖母のモウシだ。モウシは「魂を失った人間がどうして社会で生きていける」と常雄に人間の生き方をいつも諭してくれた。真理子が店で働くことになった。常雄より年上の少女だが、二人は仲の良い兄妹のようになっていった。
常雄が6年生の時、米軍のジェット機が小学校に突っ込んできた。教室は燃え上がり、悟は耳をやられた。級友たちが「戦争だ」と叫び続ける
声だけが常雄の耳に響いていた。中学校の頃、モウシが米軍のジ-プに轢き殺された。父の動揺はすさまじく、米軍キャンプでの抗議は、親を失った悲しみ以上の何かを常雄に感じさせた。真理子が娼婦になる日がきた。
嵐の日だった。
米兵に組み敷かれる真理子を常雄はどうすることもできない。涙がでてきた。沖縄の思い出は辛い暗いものばかりだ。しかし、東京で生活しているとそんな思い出が去来してくる。常雄は撮影所に職を求めに行くが、合理化、再編成の映画界で働くのは不可能だった。悟は恋人の絹子の妊娠に悩んでいた。ある日、悟は就職内定の会社から耳が不自由なことなどの理由で内定取消しの通知を受けた。さらに、沖縄出身ということでパスポートの必要な外国人という待遇を受けるのだった。
常雄は映画への夢を棄てかけていた。沖縄へ帰る踏ん切りもつかぬまま、東京の街を彷徨っていた。そんな時、真理子と再会した。
真理子は本土復帰間際の沖縄で娼婦を続けることができず、姉のいるアメリカへ行くことになった。その前に常雄に会いに来たのだ。常雄はいとおしかった。真理子を抱かずにはいられなかった。
悟の下宿に戻ると、常雄をまっていたのは悟の死であった。バイクで国会議事堂に突っ込んでいったのだ。自殺か事故死か分からないという。糸が切れたのだ。悟の心の糸が。
常雄は絹子と一緒に悟の遺骨を抱いて沖縄に帰っていった。船上から沖縄本土が見えてきた。常雄は悟の骨を深い青い海へひとつづつ沈めていった。沖縄の言い伝えで、親より先に死んだ者は先祖の墓に入ることはできないのだ。
悟の好きだった海に骨を沈めることが、悟るへの弔いだろう。
常雄はいつまでも骨を棄て続けた。